昨年秋から年末に掛け、製造業を中心に、始まった、販売不振に伴う今期、将来の業績悪化を見込んでの、期間工、派遣工の契約期間を延長せず、契約を更新しないとされ、契約期限の切れた人達、又契約期間途中にも拘わらず、契約解除とされた人達を、それに元来のホームレスと言われる人達等、ごちゃ混ぜで、東京・日比谷公園に、NGOか、NPOか知らないが、一部弁護士などで「年越し派遣村」と称して、600人以上の人を集めて、「炊き出し」を始め、「テント村」まで作り上げた。
そして企業を非難し、「政府を無策」とののしり、国民に一方的な同情を、あらゆるマスコミにを通じて、訴えた。
この様なときは、好んでマスコミが,驚くほど、早くそして、良く働く。
毎日、連日連夜、報道が続き、しかもそこに群がる、マスコミに混じって、時たま来た、野党の幹部ばかりを報道し、彼等の口先だけの応援の姿を、ニュース番組のコメンテーターの解説まで加えて、政府の無策をののしって居たのを思い出す。
コメンテーター氏曰く。
「現場に来ていたのは、野党ばかりでしたね」とか、民主党の「カメレオン先生」の姿を出して、「私は3日間現場に行ったんですが、与党の人は来てませんでしたね」と遣っていた。
処が、NHKの報道で、当然ながら、責任者の桝添厚労大臣も、他の関係与党の面々も、関係役人、都庁役人、区役人も現場に、事情を聴取に、赴いていたことが判った。
私は、僅かの期間で、集まった人間は都内近辺に留まらず、遠方の地方からも集まってきていた状態に、幾つかの異様事態を感じた。
一つはこの主唱者である、NGOか、NPOかしらないが、嘗て社会的に騒動を起こしていた人達が、その組織を通じて、いち早く、無理矢理に、あち、こちから、日比谷に集結させたのではないかな?と感じた。
二つ目は「派遣村」というネーミングはマスコミ的「受け」を狙ったもので、此処に集まった人達は総て今回の契約期間工や派遣工だけではなく、多くは本来からのホームレスをも集めて、遣っているので、必ずしも「派遣村」の実体とは、程遠いと感じた。
三つ目はこの裏には、野党、マスコミが仕掛けて、「現内閣打倒」を狙っての、国民に対するアッピール、デモンストレイシヨンではないかと感じたのである。
(政治的運動と見えた)
四つ目はこの事が、「怠け者の助長にならなければ良いがなあ」、と感じた。
この事に、甘えて、働かなくとも食える、生きていく事が出来ると考える人が、益々出るのではないかと感じた。
昔から「乞食3日遣ると、止められない」という諺をおもいだす。
本当に、働きたい人達なのかと、疑った。
そもそも、この1、2年前までは「3K」と言われた職には、多くの日本人が就かずいたし、期間工に住宅まで与え、高額の日当を手当し無ければ、集まらなかった人達。
彼等は好待遇の企業を依り好んで、渡り歩き、お互いに情報交換しながら選別していた実体を、私は、嘗て企業の採用の立場から、熟知の事柄であっただけに、この「派遣村」が変な方向に行かなければ良いと危惧していた。
その時、政府の一政務官が「この人達、総て働く気があるのかな?」と言ったとかで、野党が例の如く騒ぎ、彼が詫びたが、私には、寧ろ、この政務官の率直な言葉に「共鳴」を感じた。
まだ政治に浸かっている人の中にも、私達と同様のレベルで、下々の事が、判っていてくれる人がいることが確認出来て、嬉しかった。
元来、貧乏人の味方を標榜していた、野党と言えど、昨今では、国会議員になると、与党と同様、下々が判らなくなり、実体を掴まえないで、変なマスコミ的同情に動かされる事が多い状況下、この様な与党所属の政務官が居たことに、「まだ日本の政治は、捨てたものではない」と心強く感じた。
その後、結果の数字が、様々発表されたものは、大体、私の想像したようなものだった。
彼等用に準備された職種は4000件と言うが、対応する人が少なく、ミスマッチングが多いとか。
如何に今までの派遣工、期間工の就職待遇が、如何に良かったかと言うことも、併せて証明されたようである。
言われるほどの深刻さを感じさせない状況の様にも感じさせるもので、自ら職種をより好みが出来る程度の余裕があると言うことをも、証明された様に見えるが。
(食うことが出来なくて、本当に困っている人達だったのか?と考えさせられる問題である)
一時援助金で過ごす事を選んだ人達。
この様な人達へのNGP,NPOの今回の行動は、許されるとしても、一方のマスコミや野党が騒いだ後始末はどうするの?
(いつもの通り、知らん顔で済ますのか?)
製造企業が期間工制度を始めたのは、第一次経済成長期頃に、それまで農閑期に行われていた、農家の出稼ぎの土木作業から、製造企業が、自工場へと、集めたのが始まり。
(冬場の農閑期と製品需要の時期とが上手くマッチングしていた)
元々、彼等はきっちりと家族を持ち、田畑を耕し、農閑期だけに企業の求める期間工として働いたので、当然一定期間が終えれば、故郷実家に戻り、又翌年、来たければ、来るというパターンであった。(この頃は帰れる家があった。今は帰れる家が無く、住み家がないという?)
その後、休耕田制度なるものが、政策で出来たり、農業に面白みが失せるに従って、好待遇の製造企業を選んで、渡り歩き、より楽に現金収入が得られることの欲を覚えた農家の主達は、やがて、家庭すら捨てる状態になって行ったのが、実体だろう。
又、一方では、若い人達には、堅苦しい正規工員依りも、或る程度自由が許される期間工(常習化していた)の方が働きやすいと言う風潮が生まれて来ていたことも、いがめられない事実であろう。
(或る意味では「格好いい働き方」みたいな風潮があった)
未だに、正規社員必ずしもベストと納得しない若者が意外と多い。
将来への夢が定まらないうちは、無理をして、特定の企業の、堅苦しい正規社員にはならない方が、都合がよいと言う考え方である。
「夢の実現が全く不可能になったときに、考えればよい」と言う身勝手な理屈が優先している若者が多いのも事実。
是も日教組の教育のお陰かな?
何れにしても、NGO,NPOの組織、所属員の行動には、時々首を傾げることが多い?
(罪作りの結果にならなければ良いと願っている)
恰も、国を超えた、特権階級集団の如き、常識を外れた行動、政府の援助なしで動いていない癖に、国秩序を忘れたような行動だったり、国際ルールを無視したようなことが許されたりするのが、どうしても頭の古い私には理解できない。(正義感の基準が常識的でないのが多い様な感じがする)
このことも、これから世界的に見なおし、グローバル化の中の国々の存在、及び尊厳を、お互いに、どう秩序立てて、護っていくかを、国連辺りで、一考しては如何?
そして企業を非難し、「政府を無策」とののしり、国民に一方的な同情を、あらゆるマスコミにを通じて、訴えた。
この様なときは、好んでマスコミが,驚くほど、早くそして、良く働く。
毎日、連日連夜、報道が続き、しかもそこに群がる、マスコミに混じって、時たま来た、野党の幹部ばかりを報道し、彼等の口先だけの応援の姿を、ニュース番組のコメンテーターの解説まで加えて、政府の無策をののしって居たのを思い出す。
コメンテーター氏曰く。
「現場に来ていたのは、野党ばかりでしたね」とか、民主党の「カメレオン先生」の姿を出して、「私は3日間現場に行ったんですが、与党の人は来てませんでしたね」と遣っていた。
処が、NHKの報道で、当然ながら、責任者の桝添厚労大臣も、他の関係与党の面々も、関係役人、都庁役人、区役人も現場に、事情を聴取に、赴いていたことが判った。
私は、僅かの期間で、集まった人間は都内近辺に留まらず、遠方の地方からも集まってきていた状態に、幾つかの異様事態を感じた。
一つはこの主唱者である、NGOか、NPOかしらないが、嘗て社会的に騒動を起こしていた人達が、その組織を通じて、いち早く、無理矢理に、あち、こちから、日比谷に集結させたのではないかな?と感じた。
二つ目は「派遣村」というネーミングはマスコミ的「受け」を狙ったもので、此処に集まった人達は総て今回の契約期間工や派遣工だけではなく、多くは本来からのホームレスをも集めて、遣っているので、必ずしも「派遣村」の実体とは、程遠いと感じた。
三つ目はこの裏には、野党、マスコミが仕掛けて、「現内閣打倒」を狙っての、国民に対するアッピール、デモンストレイシヨンではないかと感じたのである。
(政治的運動と見えた)
四つ目はこの事が、「怠け者の助長にならなければ良いがなあ」、と感じた。
この事に、甘えて、働かなくとも食える、生きていく事が出来ると考える人が、益々出るのではないかと感じた。
昔から「乞食3日遣ると、止められない」という諺をおもいだす。
本当に、働きたい人達なのかと、疑った。
そもそも、この1、2年前までは「3K」と言われた職には、多くの日本人が就かずいたし、期間工に住宅まで与え、高額の日当を手当し無ければ、集まらなかった人達。
彼等は好待遇の企業を依り好んで、渡り歩き、お互いに情報交換しながら選別していた実体を、私は、嘗て企業の採用の立場から、熟知の事柄であっただけに、この「派遣村」が変な方向に行かなければ良いと危惧していた。
その時、政府の一政務官が「この人達、総て働く気があるのかな?」と言ったとかで、野党が例の如く騒ぎ、彼が詫びたが、私には、寧ろ、この政務官の率直な言葉に「共鳴」を感じた。
まだ政治に浸かっている人の中にも、私達と同様のレベルで、下々の事が、判っていてくれる人がいることが確認出来て、嬉しかった。
元来、貧乏人の味方を標榜していた、野党と言えど、昨今では、国会議員になると、与党と同様、下々が判らなくなり、実体を掴まえないで、変なマスコミ的同情に動かされる事が多い状況下、この様な与党所属の政務官が居たことに、「まだ日本の政治は、捨てたものではない」と心強く感じた。
その後、結果の数字が、様々発表されたものは、大体、私の想像したようなものだった。
彼等用に準備された職種は4000件と言うが、対応する人が少なく、ミスマッチングが多いとか。
如何に今までの派遣工、期間工の就職待遇が、如何に良かったかと言うことも、併せて証明されたようである。
言われるほどの深刻さを感じさせない状況の様にも感じさせるもので、自ら職種をより好みが出来る程度の余裕があると言うことをも、証明された様に見えるが。
(食うことが出来なくて、本当に困っている人達だったのか?と考えさせられる問題である)
一時援助金で過ごす事を選んだ人達。
この様な人達へのNGP,NPOの今回の行動は、許されるとしても、一方のマスコミや野党が騒いだ後始末はどうするの?
(いつもの通り、知らん顔で済ますのか?)
製造企業が期間工制度を始めたのは、第一次経済成長期頃に、それまで農閑期に行われていた、農家の出稼ぎの土木作業から、製造企業が、自工場へと、集めたのが始まり。
(冬場の農閑期と製品需要の時期とが上手くマッチングしていた)
元々、彼等はきっちりと家族を持ち、田畑を耕し、農閑期だけに企業の求める期間工として働いたので、当然一定期間が終えれば、故郷実家に戻り、又翌年、来たければ、来るというパターンであった。(この頃は帰れる家があった。今は帰れる家が無く、住み家がないという?)
その後、休耕田制度なるものが、政策で出来たり、農業に面白みが失せるに従って、好待遇の製造企業を選んで、渡り歩き、より楽に現金収入が得られることの欲を覚えた農家の主達は、やがて、家庭すら捨てる状態になって行ったのが、実体だろう。
又、一方では、若い人達には、堅苦しい正規工員依りも、或る程度自由が許される期間工(常習化していた)の方が働きやすいと言う風潮が生まれて来ていたことも、いがめられない事実であろう。
(或る意味では「格好いい働き方」みたいな風潮があった)
未だに、正規社員必ずしもベストと納得しない若者が意外と多い。
将来への夢が定まらないうちは、無理をして、特定の企業の、堅苦しい正規社員にはならない方が、都合がよいと言う考え方である。
「夢の実現が全く不可能になったときに、考えればよい」と言う身勝手な理屈が優先している若者が多いのも事実。
是も日教組の教育のお陰かな?
何れにしても、NGO,NPOの組織、所属員の行動には、時々首を傾げることが多い?
(罪作りの結果にならなければ良いと願っている)
恰も、国を超えた、特権階級集団の如き、常識を外れた行動、政府の援助なしで動いていない癖に、国秩序を忘れたような行動だったり、国際ルールを無視したようなことが許されたりするのが、どうしても頭の古い私には理解できない。(正義感の基準が常識的でないのが多い様な感じがする)
このことも、これから世界的に見なおし、グローバル化の中の国々の存在、及び尊厳を、お互いに、どう秩序立てて、護っていくかを、国連辺りで、一考しては如何?
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2009/01/15(木) 14:21:52 | by jp & Blog-Headline

